安徳天皇御陵
山口県下関市豊田町大字地吉
豊田湖というのがありますが、その畔にあります。

■アクセスの仕方■
駐車場はないですが、停められるスペースはあります。
○JR小月駅からサンデンバス「天皇様」バス停下車すぐ。
もの凄くバスが少ないので、車かタクシーがいいかもです。
■安徳天皇西市御陵墓参考地(王居止御陵)」■
御陵参考地で、宮内庁管轄のため
やはり中には入れません。

写真(下)
で、御陵の案内図がついている親切設計(?)
■安徳天皇御陵伝説地由来碑■
こちらの土地にまつわる御由緒が書いてありました。
大まかに内容を書くと
<御陵について>
義経が安徳帝と共に沈んだ三種の神器・剣を
探させたところ、漁師の網に安徳帝の骸がかかり
引き上げられた。
遺体を網と一緒に棺に納め、京へ運ぼうとしたがこの地までくると遺体を乗せた駕篭が急に重くなりここに葬った。
<網掛森・烏賊ケ渕について>:写真左の碑
御遺体と共に運んだ網の穢れを、渕で洗った時、烏賊(いか)が2はい 渕の深みから生き返ったことから、その渕を烏賊ケ渕(いかがふち)と言うようになった。
網は田んぼの森にかけたことより、網掛けの森と言う。
<御衣洗池について>
御遺体の衣の穢れをこの池の水で洗い清めたと言う。



写真右は、文字が潰れていて読めませんでした。
「御衣洗池」の碑かなぁと勝手に思ってます。
■網掛森・烏賊ヶ淵の碑■     ■読めなかった碑■
       
史跡の周りは、こんな感じで
碑がいっぱい。
池の畔にも。

豊田湖には古刀が出てきた伝説もあります。

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